« 国見岳 別コース | トップページ | がまんならん »

2012年2月15日 (水)

ロバパンから、昭和のお店の想い出。

同郷の先輩であり友人である方のブログに『ロバパン』の記述があり、

懐かしくなって、思わずコメントを入れた。

  

ロバのパン屋・・・

福井ではどうだか知らないが、

私が生まれ育った時代の岐阜では、時々やってきた移動販売である。

正式名は知らないが、『ロバパン』と呼んでいた。

  

私が本当に幼い頃、おぼろげな記憶の中では、

紅白のカラーリングの荷車?馬車?を、

実際にロバが曳いていた様に憶えているが・・・定かではない。

小学校の低学年位になると、間違いの無いはっきりとした記憶になって

この頃にはロバが馬に代わっていた。

   

(ぱっか、ぱっか、ぱっか、ぱっか・・・ひぃぃ~ん♪)(こんな感じの前奏)

ロバのおじさん ちんからり~ん♪

ちんからりんろん やってくるぅ~♪

ジャムパン ロールパン できたて やきたて いっかが、で、すぅ~♪

チョッコレトーパンも♪あんパンもぉー♪

なぁんでもあります♪ちんからりぃ~ん♪

(ちゃらっちゃ、ちゃちゃっちゃ、ちゃちゃっちゃ・・・・・)

  

そんな感じの歌を流しながら、おじさんが馬車を操りながら町内を流してゆく。

その音楽につられて、

母親にせがんで小銭を貰い、玄関を飛び出して駆けて行った想い出。

隣の町内との境の、あの四つ角で馬車に追いついて、

おじさんがコッチに気付いて停めてくれて、馬車を降りる。

  

なんでもあります♪・・・と歌っていた割には、

ジャムパンもロールパンもチョコもあんこも、あった記憶は無くて・・・

屋根付きの荷車に並んでいたのは、数種類の 『蒸しパン』

それでも一生懸命、どれにしようか悩んで選んだ想い出。

選んでる間にも、道草を食おうとする馬が歩いてしまい、荷車が数メートル進む。

それについて歩きながら・・・

おじさんがイラつくように手綱(ハミ)を引っ張って、馬を止めようとしていた。

そんな情景を鮮明に覚えている。

更に、記憶の続きは・・・

荷車にブリキのバケツがぶら下げてあって、

おじさんが、馬の落し物(排泄物)をスコップですくって

バケツに放り込みながら接客していたこと・・・。

  

そんなお店だったけど、

あの音楽が聴こえて来ると、嬉しくなったものだ。

  

思えばあの時代、コンビニなんて勿論未だ登場していない。

実家から一番近くにあったのは、お宮さんの鳥居の脇にあった万(よろず)屋。

皆、『コウタロウ』と呼んでいた。

看板には『赤堀商店』とあったけれど、

「アカホリ」と人が言うのは一度も聞いた事が無い。

コウタロウは、ここの店主の爺さんの名だ。

お茶っ葉や醤油が切れたりすると、

「コウタロウ行ってきて!」と、おつかいに行かされた。

駄菓子屋も兼ねていた万屋だったので、30円、50円とかのお駄賃が嬉しくて行った。

コウタロウは、私が中学生になるまでは間違いなく生きていたが、

終ぞ一度も洋服を着たのを見たことが無い。

朝はいつも自転車の荷台にダンボール箱をくくりつけて、

着物の裾をはだけさせながら中央市場まで買出しに行っていたが、

パンツではなくて、ふんどしだった。そんな粋な爺さん。

あまり笑わない、どちらかと言えば怖い爺さんだったが、

お宮へ遊びに来る子供の溜まり場だった。

  

食材の買出しは、隣の校区にあった『日日(にちにち)スーパー』

スーパーと名乗っていたが、今思えば、どう見ても八百屋だ。

現在の標準的なコンビニよりも狭かったかもしれない。

当時はスーパーのカゴなんて無くて、各々買い物籠持参が当たり前、

今で言うエコバッグだ。

母はいつも、その買い物籠に、厚さ1cm程の帳面を1冊入れて買い物へ行く。

レジではお金を払わず、

お店のおかみさんがソロバン弾いて帳面に何やら書き込むだけだった。

月末にまとめて払っていたのかな。

  

月一だったのか?頻度は分からないが、

幌付きの小さなトラックに荷物を満載した金物屋?がやってきた。

『御用聞き』の商売形態だ。

今と違って昼間は玄関に鍵など掛けていないから、

ガラリと引き戸を開けて、「まいどぉ~!」と叫ぶ。

鍋、フライパン、おたま、たわし、タオル、洗濯バサミ、石鹸、洗剤、物干し竿・・・

生活の中で必要になる消耗品、雑貨類は、このおじさんから買っていた。

  

米も酒も、基本、『御用聞き』の商売形態だった。

前掛けをしたおじさんやおにいちゃんが「まいどぉ~!」とやってくる。

   

衣類は、着物や礼服は勿論だが、パンツや肌着、靴下、父のワイシャツなども、

ショウノウ臭い呉服屋へ買いに行っていたのを憶えている。

  

思い起こせばどれも、

『 店 』 は、顔と顔の付き合いだった。

どの店主も、幼い私の顔をちゃんと覚えていてくれたものだ。

  

まあ、

どれも、

半ばおぼろげな記憶の時代。  

  

いつの間にやら・・・

新聞広告が入るようになって、

いつ頃からだったのかは・・・憶えていないが、

今みたいな大きなスーパーマーケットが出来て、

ホームセンターが出来て、

ショッピングモールが出来て・・・

  

ネットでポチッとですか。

  

時代はホント、

変わったなぁ。

|

« 国見岳 別コース | トップページ | がまんならん »

コメント

自分もロバのパンは知ってますよ(^-^o)
曲と歌詞もしっかりと覚えていて今でも歌えます

パンというより蒸しパンで鬼マンの様な感じですね

チョコレートパンに餡パンに~♪
なんでもありますピーヒョロリン~♪

富山の薬売りが紙風船を持ってきていたのも記憶があります

もう逝ける昭和の化石です(;´Д`)

素敵な先輩を持って幸せですね(^-^o)

投稿: マサヒ | 2012年2月15日 (水) 20時47分

こういった昭和の頃って、なんでも許せるような雰囲気があって暖かい気持ちになりますねぇ~confident
今なら「衛生的にどうなんだ?!」って話しになるんでしょうが、
クルマを引くのにロバやウマは当たり前だったのでしょうねぇ~catface

顔が見えない商売:自販機が一番多い国は日本だとか・・・。
あ!最近は自販機も勝手にしゃべってくるケドねsweat01

投稿: フレディ・M | 2012年2月15日 (水) 22時35分

マサヒ化石先輩♪(^-^o)
またまた懐かしいのが来ましたねぇ。『鬼マン』♪
角切りのサツマイモが入った蒸しパンですね。
最近・・・いや、もうず~っと何年も食べてないなぁ。
なんだか無性に食べたくなってきましたぞ。smile

薬売りですかぁ~来ましたねぇ。。。
色々と記憶が湧いてきますねconfident

昔ながらの小さなお店って落ち着きますよね。
マサヒさんちのご近所は大型ショッピングセンター目白押しで、
完全に平成化してますね。(^^)

投稿: Fumi | 2012年2月16日 (木) 09時03分

フレディ・Mさん、おはようございます。happy01

昭和はなんだかほんわかしますよねぇ。
私ももうオッサンだから?(^^;)

あんな時代って、クレーマーとか変なトラブルは無かったんじゃ?とか思います。
食いモン売るのに馬糞の処理(笑)
今じゃありえない設定ですが、当時は何とも思いませんでした。^^
おおらかだったんですねぇ。

自販機が一番多い = やっぱ治安が良い
ってことなんでしょうか?
自販機も、関西弁のとかありますよね(笑)
平和だなぁ。^^

投稿: Fumi | 2012年2月16日 (木) 09時09分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/550090/53987099

この記事へのトラックバック一覧です: ロバパンから、昭和のお店の想い出。:

« 国見岳 別コース | トップページ | がまんならん »